ふらふら散策

ふらり 名古屋 名古屋城 散策③ 

名古屋城 散策

みなさま、こんばんは。名古屋は風がおさまりお日様のもとでは温もりを感じられました。
3連休の初日いかがお過ごしでしょうか。お仕事疲れの身体をゆっくりおやすめください。
今回は名古屋城散策第3弾(笑)御深井丸からです。

名古屋城 御深井丸とは

本丸の北西側に位置する曲輪で、低湿地を木材で埋め築かれたといわれています。万治元(1658)年に北穴倉、南穴蔵(火薬庫)が建てられたが爆発の危険があるため、その機能は城外へ移されました。弓矢櫓など多くの武器兵器が幕末までありました、また、御深井丸は東へ細長く続き東端には塩田もあったそうです。

御深井丸からの散策

高い木々や庭園などがありマイナスイオンがでていそうですね。茶席も覗きたかったのですが、閉鎖されていました。残念。お堀周り幅広の道から外れて細い北西方向にすすんでいきます。一部立ち入り禁止区域などがありますが見落とさないようにしてください。

乃木倉庫(国登録有形文化財)

まず、見えてくるのが重厚な白い建物が「国登録有形文化財 乃木倉庫」です。
大きな蔵といった感じで、扉も鉄製で頑丈な造りです。

歴史

明治初期に陸軍の弾薬庫として建設されたレンガ造りの倉庫です。
今はレンガの保全のた白亜塗りになっています。
名古屋鎮台に赴任経験がある乃木希典大将にちなみ、後に乃木の名が付けれれたそうです。
名古屋空襲の前に倉庫に本丸御殿障壁画、天井絵類の大半を移し焼失を防ぎました。内部は非公開です。

西北隅櫓(戌亥櫓・清須櫓)重要文化財

名古屋城の西北最先端に到着。木々の中から三層の櫓がみえてきます。

歴史

屋根三重、内部三重の櫓です。他の古材を転用して建築されていて外部北面、西面に千鳥破風が作られ「石落し」を備えています。また、昭和39年の解体修理で古い建物の木材を一部用いて元和5(1619)年頃に造営されたことが明らかになり清州城天守の古材を転用された可能性が高いとされています。この櫓は全国でも最大規模の隅櫓です。
内部は非公開です。

西北隅櫓からのみた天守閣。キンシャチはしっかりと確認できます。

木々の中に小さな池もありました。癒される。

高い木々を抜けてみえてきた天守閣

お堀脇、幅広の道から西南からみた天守閣。小天守閣と連結する剣塀も見どころ。

西之丸から

途中で外堀のお掃除をしていらっしゃいました。みえないところで、管理していただいていることに感謝です。
西之丸へ戻ってきました。お堀外からみえてきます「西南隅櫓」

西南隅櫓(未申櫓)重要文化財

歴史

屋根二重、内部三階の櫓です。「石落し」が西と南の二方向にあり、破風の形状も異なります。大正10(1921)年、災害により倒壊し、名古屋離宮時代の大正12(1923)年に宮内省により復元されました。そのため鬼瓦などに菊花紋がみられます。
内部は非公開です。

天守閣と西南隅櫓との相性も抜群です、

次回、名古屋城 最終話

みなさま、城廻も一周して終わりでしょうとおっしゃられる声も聞こえてきそうですが‥
見落としてしまったところもあり、まだこの後も本丸内もうろうろといたします(笑)
本日もありがとうございました。